かれた谷の喪ウシカ

「風の谷のナウシカ」に憧れていたけど、なれなかった主婦(33)のブログ。夢は王蟲の飼育。

私を「親友」と呼ぶ友達

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私は友人がほとんどいません。

友人とは「学校や仕事以外の場所で個人的に会い、映画や食事などを楽しんだことのある人」だと思っています。

 

中学も高校でも、誰かと学校外で待ち合わせして出かけた事なんてなかった。部活終わりも1人で帰ってました。

 

大学ではグループ課題やゼミや打ち合わせと称した飲み会などで人と会ったけど、個人的に遊んだ人ってほぼゼロ。

 

だから結婚式の人数合わせが大変でした。喪同士の結婚とは言え、夫には中高の部活仲間、大学友人、職場関係などたくさんのつながりがありました。

私には、大学時代に互いの実家に泊まる程仲良くなった喪友達が2人だけ。

 

人数合わせで呼ばれた結婚式の人たちからは欠席連絡。(※学生時代、試験前だけ「ノート見せて」としか声かけられたことのない同級生、連絡先が分からないから実家に招待状が送られてきた高校部活後輩、突然の連絡&下の名前が違う招待状、1度だけ一緒に仕事した他部署の人など…ね)

 

結婚式はAを呼ぶならBを呼ばないって事があります。私はボッチで、1人足りない時に重宝される。私も幸せな場に必要とされ出席できるのは嬉しかった。

出席したことに後悔はないけど、こちらから連絡して「無理」と言われると、少し寂しかった。式は共通の知り合いを全て新婦関係者にして乗り切りました。

 

でも、私の幼馴染の1人が母親経由で「行ってもいいよ」と連絡してくれました。彼女は、私を「親友」と呼ぶ唯一の人。「親友の結婚式だから、行くにきまってる」って。

 

彼女とは、小さい時は2人で遊んでたけど、小学校が別になってから遊んでいない。中学は一緒だったけど3年間クラスは別、二人とも自分の教室の空気を読むのに必死でした。高校からはずっと別。中学時は携帯を持っていなかったから、メールもラインも知らない。母親同士は仲が良いから、時々母経由で近況を聞いて「へぇ」と思うだけ。

 

小学校の時いつも「親友」と呼んでくれた彼女。私は特別な友人とは何かが分からず、そう呼んだ事なかった。

高校から会ってなかったのに、ずっと親友と思ってくれていたことにビックリした。新幹線の距離にいるのに来てくれて嬉しかった。せっかく来てくれたのに、結婚式ではほとんど話せなくって申し訳なかった。15年以上会っていなかった友人は、当然だけど大人になっていて、お化粧していて、彼女のお母さんによく似ていて綺麗になっていた。

 

よく考えたら、社会人になっても喪女同士だったんだから、二人で語り合えたり励まし合ったりできたのかも…。

高校時代、2chの喪女板でしか喪女な自分を晒して本音で話せる場所がなかったけれど、よく考えたら、彼女と面と向かって話せばよかった。私にはずっと親友がいてくれたのに、自分に余裕がなくて彼女を想っていなかった自分が恥ずかしい。

 

なのに、結婚後は仕事や引っ越しでごちゃごちゃして…。

何年も経ってから、今になって無償に会いたくなった。

 

母親経由でライン聞こうかな。

今の私の夢は、新幹線で私の親友に会いに行くこと。

二人で食事して、いっぱい喋ること。 

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